~ボーっとしている時間は無駄じゃない~『「ぼんやり」が脳を整理する』(菅原洋平)
□はじめに
皆さま、お疲れ様です。
トイレに籠って本を読むのが好きな求道者です。
(トイレって集中できるよね)
さて、本日のテーマは「ひらめき」について。
ひらめく、で私が思い出すのは、北宋の欧陽脩(おうようしゅう)ですね。
欧陽脩(1007年~1072年)
彼はひらめく、発想をするのに良い場所として「三上」を挙げています。
すなわち「馬上、枕上(ちんじょう)、厠上(しじょう)」。
「馬の上(移動中、乗り物に乗っているとき)、枕の上(頭を枕に乗せているとき、寝ているとき)、厠の上(トイレの中にいるとき)」が発想を得やすいと説いています。
たしかに寝入りばな、といえば、芸術家のサルバドール・ダリは発想法として、
サルバドール・ダリ(1904
①椅子に腰かけて、手にはスプーンを持つ
②手の下に皿かトレーを置く
③入眠するとスプーンが落ちて音を立てるので、目が覚める
④その時に発想を得る
ということをやっていたそうで……
う~む、生き方もシュールレアリスムな……。
あと厠上といえば、武田信玄が有名ですね。
武田信玄は『甲州山』という六畳間(京間なので通常より広め)のトイレを設え、長時間籠ってアイデアを練っていた、と伝えられています。
腹が弱かったそうなので、普通に用を足してもいたのでしょうが、6畳と広々しているため、時には畳に横になりながら策を練った、とも言われています。
□ひらめきを得るには
さて、それぞれ奇抜なエピソードではありましたが、彼らに何か科学的な共通点はあるのでしょうか?
そして、それは私たち一般人にも再現し得るものなのでしょうか?
というわけで、本日の書籍のご紹介です。
「ぼんやり」が脳を整理する
(菅原洋平)
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本書では、ひらめきは生理的な脳の仕組みだととらえます。脳には、情報を入力するモードと、脳内の情報をまとめるモード、この2つを切り替えるモードという3つの神経ネットワークがあります。
(中略)
もともと脳は、この3つの神経ネットワークを使ってひらめきを生み出しているのですが、本書は、その仕組みを知り、より目的的にこれらの神経ネットワークを使えるようにするのが狙いです。
(p34)
作者は脳のリハビリテーションを専門とする作業療法士で、損傷された脳が回復する臨床現場での知見を、脳の力を引き出すことに応用したのが今回の本になります。
脳という内臓は、視覚や聴覚を使って情報を摂取して、その情報を消化しています。
(中略)
「私」が頑張ってひらめくのではなく、「私」の役割は「脳」がひらめきやすい状況をつくることなのです。
□ぼんやりの効能
さて、今回ご紹介するのはタイトルにもあるように「ぼんやり」することについてです。
人が「ぼんやりしている」というと、どこか愚鈍さやサボリを感じさせる悪口に聞こえますが、この行動にも意味があります。
――あなたの役割は脳の作業を邪魔せず、脳が作業しやすい環境を整えることだけ。それが、ぼんやりすることです。
脳内の内向きネットワークであるデフォルトモードネットワークは、情報をまとめて答えを出す役割があります。
(p124)
ぼんやりしているとき、というのは、脳は活動していないと思われていますが、実はデフォルトモードネットワークという機能が働いています。
人の体の2%の重さしかない脳ですがそのカロリー消費は意外にも多いのです。人が1日に使うカロリーの約5分の1、 400kcal/日を脳が使っています。そのうち約20%は脳の維持や修復に使われています。意識的な活動に使われるのは5%ほどで、残りの約75%はなにもしないとき、つまり『ぼんやり』しているときに使われているのです。
『ぼんやり』のススメ
75%!めっちゃカロリー食ってるな!
そもそも全体のエネルギーの20%が脳で消費されてるのもビックリです。
人類が発生して1万年くらい経っているそうですが、この消費エネルギーのバランス配分へと進化したことを考えると、それほど大切な機能である、ということが伺えます。
しかしこの「ぼんやり」にも「良いぼんやり」と「悪いぼんやり」の2種があります。
脳のネットワークバランスが崩れてくると、集中しなければならない場面にぼんやりが紛れ込んできます。
私たちが「集中できない」「はかどらない」と感じるときは、脳に適切なぼんやりをさせずに、実行系ネットワークばかり使い過ぎたせいで、反動として不適切な場面でぼんやりがあふれ出ているのです。これがヒューマンエラーの原因です。
(p131)
実行系ネットワークというのは、「注意する」「集中する」「覚える」といった能動的な活動をするときに使用されるネットワークの事です。
ふつうは、この「実行系ネットワーク」と「デフォルトモードネットワーク」はバランスを取って機能しているのですが、仕事や勉強などで集中して作業しようと思い続けると、バランスが崩れてきます。
そして、ふとした瞬間に、「ぼんやり」がやってきます。
これが、悪いぼんやりです。
ミスの原因でよく聞かれる「ぼんやりしていた」「作業に集中できていなかった」などは、四六時中気を張りっぱなし、等の環境要因もあるのではないでしょうか?
□具体的な「ぼんやり」のしかた
さて、「ぼんやり」及びデフォルトモードネットワークの効能はお分かり頂けたかと思います。
今度はこの実践編です。「わざとぼんやりする時間を設け(良いぼんやり)」、脳に情報の整理をしてもらいましょう。
でも、「わざとぼんやりする」というのも至難の業です。
「わざと」=意識行動、「ぼんやりする」=無意識行動、
と一言で矛盾が生じています(笑)
でも、この矛盾を解決する方法がいくつかあります。
その中で最もシンプルなものが、
目の焦点を合わせない、
です。
視覚の焦点を当てないようにしているときは、他人から見ると、遠くを見ているような表情になります。よく、理解の度を超えて頭が働かなくなった人のことを「遠い目をしている」と表現することがありますが、まさにこの状態です。
(p148)
目の焦点を当てないと、思考がストップして頭が働かなくなります。これが意図的にぼんやりしている状態であり、脳内では、デフォルトモードネットワークが使われています。
(p149)
「視覚は情報入力の80%を占めている」という説を聞いたことがある人もいると思います。
現代日本では、道路の往来の危険察知も視覚で行い、スマホやPCも、テレビも本や雑誌の類も、見ることが中心となっています。
この「見る」働きを曖昧にし、デフォルトモードネットワークを起動させます。
まずは、試しに1分ほどやってみてください。
きっと頭の中の「雑音」が少し整理されるのを感じるのではないでしょうか。
□おわりに
常日頃、私たちは仕事に追われ、息をつく暇もありません。
少し時間が空いても、ついついスマホを見てしまったり等、脳を自由にしている時間もないでしょう。
しかし、このぼんやりとする時間こそが、私たちの脳機能を正常に保ってくれるのです。
老子には「無用の用」という言葉があります。
器には、「何もない空間」があるからこそ用を為す、というものです。
現代社会では、何もしない、ぼーっとする時間は無駄であり、削減すべき物だと考えられがちです。
しかし実際のところ、この何もしない時間こそが、代えがたい利益を生み出しているのです。
この「遊び」があればこそ、ひらめきが生まれてくるというものです。
さて、この本には、この「無用の用」を裏付ける話がたくさん出てきますし、それ以外にも効率的な勉強の仕方などの実行系ネットワークの使い方、最終的なひらめきに繋がるメタ認知、ひらめきにはNGな行動5選など現代人には欠かせない知識が紹介されています。
作業療法士として科学に基づいた具体的な実践方法が述べられていますので、ぜひともご入手下さい。
では、また次回。